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2020年1月27日 (月)

Sustainablu里山第四稿 1ー1

遠く 近い記憶

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里山 里と聞くと 懐かしむ 遠い記憶がよみがえる 彼の川の遊びがよみがえる。 ひもじい 寒い 野良作業 山仕事 辛い 悲しい 大変なことも裏返しにあるが・・。 高度成長期の 都へ 々 へとなびいた人口移動は 一面 担い手の断絶。百姓していては嫁も婿もこない。 先祖代々が崩壊する。 やむを得ません 食えないのですから。 見渡せばどぶ川と暗渠 杉、ヒノキと乾田 将来の里山の復活は望むべくもない。 かくして田舎の崩壊 里山の消滅が今日まで続く。

消えるべくして里山

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里山が生れた歴史 果たしてきた役割 崩壊 消滅を訴える悲鳴。 しかしそもそも 悩んでいるはずの現地の意識はどのようなものか。 外部者には農地法 農業委員会 水利権 その他農家を保護してきたはずのものが 妨げになっていないかとも見える。 これに因襲 不信 抜け駆け やっかみの 足の引っ張り合いが加わる。 里山の保全を声高に叫ぶ現地に みずからの問題 その里の保全の意識が どれほどあるのかと 疑問符がわく。 どう見たらいいのか 案外粛々と消えるその日を 待っているのではないか。

 

里山はなぜ生まれたのか

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自然界の食料を狩る 大地を耕して食料を得る 衣食住に必要なものを作る。 煮炊き 暖房に不可欠の燃料を得る。 この大地を耕し しがみついて 連綿と生きてきたその命の源 供給源が里山。

 

里山はなぜ荒れるのか

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プロパンガス 石油 電気と化石燃料に移り 薪を使用しなくなると 如実に山が荒れたのは事実。 里山から生活物資を得なくても良くなった。 何キロも歩いて薪を拾いに行くこともなくなった。 歩くこともない。 車で山の奥まで行ける。 元の背負子に戻れますか?。 楽しくも辛くも 最早あの山野に戻らなくてもいいのです。 里山を必要としなくなりました。

 

農業をやめた土地持ち非農家

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里山は誰のものか

個人の物です。所有者の責任で管理いただきたい。 管理できなくなったからと言って 責任を地域 行政 国なすりつけないでいただきたい。 総務省発表の「過疎」 昭和36年(1961)以来 傾向は変わらずとされています。

1998年の青森市「青森市中心市街地活性化基本計画」もすでに10年余。 コンパクトシティ構想としていまや 全国に迫ります。 「過疎地域自立促進維持特別措置法」もいつ過去のものになるやも。 もはや戻らぬ故郷。

 

因襲 古くから伝えられてきた風習 多くの場合 避難の意を含んで用いられる

里地 里山とは 因習の地 祖霊の地 石ころ一つに先祖がからむ

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すでに わが子も継がない里地、里山を 残りの老人で維持できないことは とうにわかっていることです。 所有者も 地域も 自治体も その地域がシュリンクしていくことは わかっています。 前述の 過疎地の試算は 昭和36年起点。  そこから人口動態をみています。 しばらくすれば 日本中がやむをえない過疎に入れば 誰も何も言わなくなる。 皆で渡れば怖くない。

 

わが身のほか始末なし

どうしようとも どうにもなりません。 我が身のほかはかまっていられません。 ふるさとがなくなる 歴史が消える 郷愁の合唱は得てして 政治を通して 無定見の税金投入につながる。 集落住民それぞれは 互いを尊重するかに見えて 実は無責任 てんでんばらばら 我が身の他始末なし。 実は口で危機を唱えているだけで ほどなく消えていくことを 自覚しているのではないか。それはそれでやむをえないこと。 消えていくことを自覚し 生活インフラのあるところへ 暫時転居することを選べばいい すべての住民がそこに残ることもない。 かくして コンパクトシティへの道が開かれる。

 

呪縛からの解放は優良農地を原野に戻す

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人工の減少は食料の減少でもある。 食料の減少は生産農地を必要としない。 飢餓に怯え 食うために切り拓いてきた野山も 食が足り 家族が減り 耕作する意味がなくなった。 伝来の地は目的を果たしたのです。 必要性を失ったのです。 子は去り 親族も減り 墓の守り役もいなくなった。 皆 農業をやめたのです。 奇妙な土地持ち非農家の出現と まん延です。 先祖のくびき 因習の呪縛の解放の証左です。    

以上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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